2013年8月23日金曜日

戦時中 プロバガンダに利用された桃太郎

日本に伝わる有名な昔話に『桃太郎』があります。内容はみなさんよくご存じのとおり、桃から生まれた桃太郎、鬼を退治してめでたし!めでたし!です。(早っ!)

桃太郎と言えば岡山県。お土産品の「きび団子」も有名ですね。先日、岡山県倉敷市に行った際、桃太郎に関する興味深い情報に接することができたので、ここで紹介したいと思います。それは、先の戦争中(太平洋戦争)、国威高揚のプロバガンダに利用された桃太郎の姿です。


桃太郎のからくり博物館

昭和初期、戦争に邁進していた日本で大英雄として祭り上げられていた人物に豊臣秀吉がいます。秀吉は「大明討ち入り」と称して日本の周辺諸国を斬り平らげるべく朝鮮出兵を行いました。この行動が昭和初期の日本が目指す「八紘一宇」の先鞭をなすものだとして礼賛されていたそうです。これについては別途こちらに詳しくまとめてあります。 

この戦時中、歴史作家の海音寺潮五郎は豊臣秀吉と千利休を主な配役とする小説『茶道太閤記』を連載していましたが、
「国民的英雄の豊臣秀吉と一茶坊主の千利休を対等の立場で描くとは何事だ!」
と囂囂たる非難を浴び、小説は打ち切りの憂き目にあっています。これについても別途こちらで記載しています。

この秀吉礼賛は、当時の日本国民を戦争完遂に誘導するための一策だったわけですが、同じ目的でプロパガンダに利用されたのが桃太郎だったそうです。桃太郎を持ち出してきているということは、子供向けの施策だったのだろうと推測されます。

例えば下記の写真。これは岡山県倉敷市にある「桃太郎のからくり博物館」にあった展示で、説明員によると、鬼が金髪でネッカチーフを身につけているのは外国人をイメージしているからだそうです。戦争中ですから「鬼畜米英」の標語の通り、イギリス人、アメリカ人を想像させるために、こんな細工がされているわけですね。


金髪の鬼

さらに、こうした紙芝居や絵本だけではなく、当時は相当なインパクトを持ったであろうアニメ映画も作成されたそうです。それが下記の動画。これも「桃太郎のからくり博物館」で見ることができました。調べてみると、当時『桃太郎の海鷲』、『桃太郎 海の神兵』といった作品が作成されたようです。確認不足でこの動画がどちらの作品なのかわかりません。作成は約70年前ということで著作権保護期間は満了しています。説明員の方も「撮影はご自由に」ということでしたので、少しだけ記録として残した次第です。



作品の詳しい内容は未確認ですが、桃太郎は航空部隊の隊長的な役割です。帰還した部下が
「敵との交戦で1名戦死しました」
と報告するのに対して、
「よし!ご苦労!」
と無表情に返答するのが非常に印象的です。

桃太郎にもこのような歴史があったのですね。勉強になりました。



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