2013年8月6日火曜日

「正解主義」教育の弊害

私は地元小学校に通う子供たち相手に「ドイツゲーム」の普及活動を行っています。その活動の中で、少し気になる考え方、行動をとる子供たちがいることに気づきました。そしてそれは、わが子が保育所から小学校に進学した際に見られた変化に通じるものがあったので、ここで取り上げてみたいと思います。小学校教育に巣食う「正解至上主義」についてです。

正解至上主義とは何か?お子さんをお持ちのお父さん、お母さんであればピンとくるものがあると思います。これは私が思いつきで使っている用語ですが、調べてみると「正解主義」という言葉を有名な教育評論家が同じ意味で使っているらしい記事がありました。

私がいう「正解至上主義」とは、小学校の入学以降に子供たちが直面する学習や課題に関して、
・子供たちが取り組む内容には、予め決められた正解と不正解があること
・子供たちが出した結果は正解、不正解に峻別されること
・正解する子供は称賛され、不正解の子供は貶められること
といった小学校での教育傾向を漠然と指しています。

この正解至上主義の弊害に何となく気づいたのは、わが子の変化がきっかけでした。確か1年生の夏休みの宿題で絵日記に取り組んでいたところ、

「何を書けばいいのか分からない」

と繰り返し言い、宿題が全く進まなかったのです。保育所に通っていた頃は絵を描くのが好きで、決して上手ではありませんが自由奔放にいかにも子供らしい絵を描いていました。ところが、それからわずか数か月後に絵日記が書けなくなっているのです。

「何でもいいから好きなように描けばいいんだよ」
「んー、でも、何を描いていいかわからない」

この繰り返しです。自分の考えを上手く伝えきることができない年齢ですので、問答を繰り返しながら、わが子が何を考えているのか理解に努めました。そして、

「絵日記にどんな文章、どんな絵を描けば正解=先生からマルをもらえて、褒められるのか、それが分からない」

と主張しているのだと理解しました。毎日子供を見守っている親として、この理解は間違っていないと確信しています。
このときは「絵日記には、これはマル、これはバツという区別はないこと」を繰り返し説明して、何とか宿題を進めることができましたが、小学校での教育が子供に予想外の影響を与えていることに気づかされました。

似たような状況は、私が小学校の子供たちにドイツゲームで遊んでもらっているときにもありました。ゲームの説明をして、「さぁ、やってみよう!」と始めたところ、自分の番が来た際に「どうしていいのか、わからない」という子供が少なからずいました。
ルールが分からないわけではありません。その子は「今、自分が取るべき行動の正解が分からない」と言ってるのです。



ドイツゲームには馴染みのない方もいるでしょうから、トランプの「神経衰弱」というゲームを例にとってみましょう。トランプをよく混ぜ、裏向きに広げます。さあ、あなたの番です。1枚めくります。ハートの3が出ました。さあ、もう一枚めくりましょう。3のカードは残り3枚、どこにあるでしょうか?

「どこにあるのか、分からない。このままじゃ間違えてしまう。間違えると先生に怒られる。友達に笑われる。でも、どれが正解かわからない、わからない」


こうした考えが子供たちの頭の中を駆け巡っているのだと思うです。

残念ながら、今ここで小学校の教育がなぜ子供たちの考え方にこうした影響を与えるのか、それによる害悪はどの程度なのか、改善にはどうすればよいのかを語る材料はありません。しかし、こうした正解至上主義に凝り固まったアタマをほぐす方法は知っています。それがまさに「ドイツゲーム」です。

ここに「ドイツゲームの効用」として記載していますが、様々な種類があるドイツゲーム、その多くでは自分の手番でやるべき正解、最善手は分からない場合がほとんどです。それでもいくつかの選択肢から一つを選んで行う必要があります。こうした判断、決断を楽しいゲームを通じて繰り返し行うことで、悪しき「正解至上主義」という考え方からも解放されることでしょう。

ドイツゲーム、とってもオススメです。

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