が、64巻までは全て所有。1冊買うと最低3回は読むので、少なくとも全体を通して3回は読んだことになります。多分、前半部分だけなら10回以上読んでると思います。今では我が子も楽しそうにワンピースを読んでいます。

先日、子どもがワンピースのキャラクターが描かれたメンコ状のカードを持ってきて言いました。
「パパ、この中で誰が一番強いかな?」
見ると、ガープ、ナミ、クロコダイル、ハンコックです。
「ハンコックじゃないの。見ると石になっちゃうから」
「んー、そうかなぁ。でも、ルフィは石にならないよ」
言われてハッと気づきました。そう、ルフィは女性の魅力に無頓着なのです。そしてこれこそ、日本で代々受け継がれている典型的な「理想の男性像」なのです。
これを指摘したのは、我が敬愛する海音寺潮五郎です。大作家・海音寺潮五郎、みなさんご存知でしょうか?ご興味があれば下記サイトなどをご覧下さい。
さて、その海音寺潮五郎いわく、
大衆に人気のある小説の主人公の性格は、必ず大衆の好む性格の人物である。なおいえば、大衆の理想像である必要がある。
ところで、人気のある日本の大衆小説の主人公の性格には一つの規格がある。多感にして純粋、そして女の愛情だけには不感症であるという性格だ。
(海音寺潮五郎『日本歴史を散歩する』より)
ワンピースの主人公・ルフィの性格はまさに「女の愛情だけには不感症」として描かれています。これがルフィが「石にならない」理由です。わが子には適切には説明できていませんが。
海音寺潮五郎によると、こうした理想的男性像の事例として、
・昭和初年頃、吉川英治作『鳴門秘帖』の主人公、法月弦之丞
・昭和十年代、吉川英治作『宮本武蔵』の主人公、宮本武蔵
・戦中戦後、富田常雄作『姿三四郎』の主人公、三四郎
・山手樹一郎作『夢介千両みやげ』の主人公、夢介
などが挙げられています。
どの作品も古過ぎるためピンと来ませんが、宮本武蔵とお通(おつう)の関係を思い出せば、何となくイメージできるでしょうか。

私は幅広くマンガを読むわけではないので、他の事例を探すのは苦労しますが、例えば『ドラゴンボール』の孫悟空なども当てはまりそうです。この方面に知識豊富な人が探せば、まだまだ見つかるでしょう。
昭和の初年の頃から、日本人はこうした男性の理想像を抱き続け、その好みを継続して今に至るわけです。
ただし、海音寺潮五郎は
「この日本人好みの理想的人間像は正常のものとは思われない」
とした上で、
もっとハバのある、人間として自然でもあれば正常でもある理想像を、日本人は持つ必要があるが、それは作家の任務だ。作家が小説によって魅力ある人物を具体的に描出して見せるより方法はない。
(海音寺潮五郎『日本歴史を散歩する』より)
と述べています。
そして、今では作家よりも漫画家の任務になっている面が大きいと思いますが、なかなか日本人の理想像は変え難いのが実情だと感じます。
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